テルのタイピング記

タイパー・テルによるタイピング記(旧ブログ -> http://uta202.blogspot.com/)

極限期のタイプウェル更新戦略 ~中長期的視野に基づくペースコントロールとトライアル戦略で、ギリギリの新記録樹立を引き寄せる~

 この記事は、タイパーアドカレ2020、13日目の記事です。
 (前日の記事はタイパーインタビュー05:しろさん - タイパー・インタビューです)

 

  

1. はじめに

タイプウェルは無慈悲な競技です。

タイプウェルをプレイする上での至上の喜びは「新記録樹立」ですが、頑張れば頑張るほど、新記録を更新すればするほど、次の喜びを得るための壁は、高く険しくなっていきます。
時に、この壁を乗り越えることは一生できないのではないか、と思うこともあります。

私自身、この壁に負けて何度もキーボードから手を離しています。

しかし、一方で、何度も半引退してはタイプウェルに戻って来て、試行錯誤を経て、新記録樹立を掴んできました。
その回数は人一倍多く、「壁を越えて新記録樹立を達成する」という経験において、私の右に出る者は少ないとも自負しています。

私が新記録樹立を目指すに当たっては、戦略…… というほど大げさなものではないですが、強く意識している「修練を積み上げる方向性」のようなものがあります。もちろん、タイプウェルのような単純ゆえに奥深い競技において、多少の工夫ごときで画期的なゲームチェンジが起きることはありません。それでも、ギリギリの伸びしろを削り出し、僅かなチャンスをたぐり寄せるためには、かなり役に立っていると考えていますので、今回それを共有したいと思います。

 

2. 本記事の対象読者

今回の記事の主な対象読者は、下記 a. のような方です。
ただし、b. ~ c. といった方も、何かしらの気付きが得られると期待します。

  • a. かなり記録が煮詰まってきて、伸びしろが見えてから更新するまでに2ヶ月~半年を要する
  • b. 伸びしろは見えているのに、なかなか更新を掴み取れないことが続いている
  • c. 「練習」と「更新狙い」の区別がイマイチついていなく、トライアルにメリハリが無い

つまり今回は、「伸びしろを作る」「基礎力を伸ばす」といったことではなく、伸びしろは僅か、基礎力は頭打ちに近く、後はとにかく打ち続けるしかない…… という状況において、少しでも効率良く更新に近付くためにどう立ち回るか、ということを考えます。


3. ご注意

この記事に書いてあることについて、全て完璧に実践しようとしない方がいいです。

 自分の感覚を文章にして伝えるために、なんとなくカッチリとした理論のような書き方になってしまいましたが、結局のところ、「更新の可能性を少しでも上げるために、最適な打ち方になるよう微調整をしていく。その際、どのような方針で微調整していくのがいいと思っているか」という感覚を言葉にしたものであって、普遍の真理みたいなものではないです。また、私自身、言葉にしながら「いや、確かにこう考えて打ってるけど、ここまでは実践できてないよな……」と感じたことも多いですし、他にも重要なことは沢山あります。

 (ただ、タイピング界の傾向として、物凄くマクロ的で色んな要素を内包した「速さ」みたいなものや、極度にミクロ的な「こういう打鍵列はこう打つ」といったことは多く語られるものの、「ペースコントロール」や「トライアルの繰り返し方」が語られなさすぎるように思っています。

 400打という絶妙な長さは、全速力で打ち切るには長すぎ、安全をとって打ちこなすには短すぎて、「ペースコントロール」が重要になるはずです。また、タイプウェルの記録更新チャレンジを数ヶ月がかりの超超長期戦と捉えると、「トライアルの繰り返し方」も物凄く重要なはずです。今回の記事で、この辺りに光を当てたかったという意図もあります。)

 

4. 戦略を立てるには、まず目的を明確に

本題に入りましょう。

 

戦略を立てるためには、目的を明確にすることが必要です。

「目的って、そりゃ『更新すること』でしょ?」と思うかもしれませんが、それでは曖昧すぎるので、もう少し踏み込んで考えると、目的は以下のようになるでしょう。

目的:何週間でも何ヶ月でも何年でも、何百回何千回何万回でも打ち続け、どれかのトライアルで更新すること(自己ベストのタイムを下回るタイムで打ち切ること)。ただし、可能ならできるだけ早く更新すること(目安としては2〜6ヶ月を目標とする。結果的にそれ以上かかるのは良いとしても、元から半年打っても更新できない見込みなら、むしろ「伸びしろを作る練習」の方が必要と考えられるため)。

「これでは、『更新すること』からあまり変わってないのでは?」と思うかもしれませんが、これは大きな違いです。「更新する」というだけの、期間の概念の無い目的意識から、「長期に渡るトライアルの繰り返しの中で、一度だけ更新できればいい」へと考え方を変えます。

 

5. 目的を言い換えていく(目指す局面への言い換え)

このままだと、何の指針にもなりません。これを、具体的に「戦略 ≒ 更新を勝ち取るためどのように行動するか」に落とし込んでいきたいです。そのために、「どういう局面でどういう状態になっていたら更新が『ありえる』のか?」ということを考えてみましょう。それが分かったら、次は、「更新がありえる状態が増え、更新がありえない状態が減るような行動」を取っていけばいいのです。長期的には、「更新がありえる状態」が沢山発生するようになれば、自然といつか更新できてしまうはずです。


この「自然と更新できてしまうはず」という考え方が、トライアル後半のメンタルコントロールのために非常に大事です。「更新する」のではなく「更新がありえる状態を増やしていくことで、いつか自然と更新が発生する」と考えられる境地(≒ 更新しよう! という力みが発生しない境地)を目指します。これはなかなか到達できないのですが、経験上、何ヶ月も同じモードを延々と打ち続けている内に、だんだんその境地へと近付いていきます。


それでは、どうすれば「更新がありえる状態」が増えていくのか? その答えは単純で、更新がありえる状態で「更新がありえる」と認識でき、更新がありえない状態で「更新はありえない」と認識できるようにしておき、更新がありえる状態ではそのまま打ち続け、更新がありえない状態では積極的に Esc するようにすればいいのです。そうすれば、

  • (1) 更新の可能性そのものが増える
  • (2) 更新がありえると認識している状態に慣れることで、「順当に行けば更新できるはずだったのに、緊張して逃した!」というあるあるパターンを回避しやすくなる

という 2 つの利点を得ることができます。これが戦略の骨子です。

 

とはいえ、「『更新がありえる』『ありえない』なんて識別できるか?」と思われるかもしれません。ここは、具体的に考えてみましょう。


数字を簡単にするため、自己ベストが 24.001 秒、トップラップ10位が2.480秒で、安定性はまあ高い方、というタイパーの場合で考えてみます。(もちろん今回の計算は非常にテキトーなので、実際は自分の特性に合わせて計算して下さい。)


この人の場合、トップラップ10位が2.480秒ですから、ある局面において「これ以降、どこかの行で 2.500秒ラップを叩き出せること」くらいは期待してもいいでしょう(安定性より速度に自信があるタイプなら、2.400秒ラップくらいまで期待してもいいと思います。) また、安定性は高い方としていますから、ある局面において「それ以降の全ての行を平均して3.000秒(=自己べペース)ラップで打ち切れる」ことくらいは期待してもいいでしょう(速度より安定性にかなり自信があるタイプなら、残り全てを平均して2.950秒ラップで打てるくらいまで期待してもいいと思います。)


「トップラップ10位に近いラップを出したり、残り全ての行で平均とはいえ自己べペースを維持することって、そんなに簡単か?」 と思うかもしれませんが、今回は「2〜6ヶ月の長期スパン」「ありえるかどうか」を考えているわけですから、そのくらいは期待してもいいでしょう(逆に、その期待感すら抱けないのであれば、今回のような「とにかく更新を狙う練習戦略」を採用すること自体がそもそも適しません。)

 

では、今回のタイパーの場合の「更新がありえる状態」を、打ち切り時から逆算していきます。

  • 打ち切り時 :24.000 以内で打ち切れば更新
  • 7行目終了時:21.500 以内で抜ければ、8行目で2.500 ラップを叩き出して更新可能
  • 6行目終了時:18.500 以内で抜ければ、残り 3.0 2.5 で更新可能
  • 5行目終了時:15.500 以内で抜ければ、残り 3.0 x2, 2.5 で更新可能
  • 4行目終了時:12.500 以内で抜ければ、残り 3.0 x3, 2.5 で更新可能
  • 3行目終了時: 9.500 以内で抜ければ、残り 3.0 x4, 2.5 で更新可能
  • 2行目終了時: 6.500 以内で抜ければ、残り 3.0 x5, 2.5 で更新可能
  • 1行目終了時: 3.500 以内で抜ければ、残り 3.0 x6, 2.5 で更新可能

(実際は、途中で2.8とか2.9とかが出たりするわけですから、もう少し各行終了時の条件をゆるく考えてもいいでしょう。安定性に欠けるタイプなら、前半の基準はもう少し厳しく、後半の基準はもう少しゆるく考えてもいいです。その辺りはさじ加減をしてください。ただし、理由は5章で書きますが、あまり丁寧に考えすぎない方がいいです。)

 


……なんか、こうして文字にしてみると、当たり前すぎる計算で、情けなく感じられさえしますが…… ともかく、どの時点でどんなタイムなら更新がありえるかが分かりました。私は、まずこれをしっかり考えることがスタートラインだと考えています。


できれば、ご自分の記録を使ってこのように計算してみてください。そうすると、「『更新がありえる局面』って、意外と条件が緩いんだな」と気付くと思います。

 

6. トライアル継続・中止(Esc) の判断

この計算を元に、目標インジケータや経過時間表示などを使って現在の経過タイムを大まかに把握することで、今「更新がありえる状態」「ありえない状態」のどちらなのか、常に大まかに分かるようにしておきます。「更新がありえると思うと緊張するから、分からない方がいいんじゃ?」と考える方もいるかもしれませんが、「更新を全く意識しないようにする」という戦略は基本的に悪手と考えます。人間たるもの、7〜8行目で更新ペースなら絶対に更新を意識せずにはいられないのです。それならいっそ、常に適度に更新を意識することで、その状態をできるだけ平常に近付ける方が良いでしょう。この「適度に更新を意識する」というのは、前述の「このままいけば更新がありえると分かっているけれど、積極的に更新しようとは考えておらず、『適切な打ち方を保っていれば然るべき時には自然と更新される』と思っている」という境地のことです。


また、更新がありえない状態になったときは、基本的に Esc します。ただし、「このまま打ち続けたら何かが得られそう」という場合は往々にしてあるので、その場合は打ち切ればいいです(その何かは、トップラップやノーミス記録更新などの具体的な成果でも、何らかの経験でも、今日一度は打ち切れたという安心感でも、適度に打ち切ることで得られるリズム感でも、何でもいいです。) ただし、「更新がありえる状態」から「更新がありえない状態」に切り替わったことは意識しておくといいでしょう。


(注意)あくまで、地力上げのための練習を積み重ね、そのモードへの慣れ(ワードの把握やどこで加速するかなど)もある程度済ませて、更新のために本腰を入れ始めてからの話をしています。中途半端な時期には、また別の Esc 戦略が必要でしょう。

 

 

もちろん、机上の計算と現実はかけ離れている部分があるので、実際にトライアルを重ねていく中で、「何行目でどのぐらいの状態なら更新がありえるか」の感覚を順次ブラッシュアップしていくことは必要です。ただし、結局これは一種のペースメーカーでしかないので、あまり丁寧・複雑に考えようとしないことも大事です。トライアル中に気が取られすぎるようでは本末転倒だからです。


現実的には、「○行目のここら辺で青ゲージ△個に満たなければ基本 Esc」くらいの感覚でもいいでしょう。自分はもう少し細かく、「○行目のここら辺で青ゲージ△個くらいの状況で上がり調子なら継続かな」くらいの判断を行っています(もちろん、こんな風に悠長に日本語を使って思考しているわけではなくて、トライアルを繰り返していく中で少しずつこの感覚を養っていくイメージです。)

 

 

こうして、戦略の具体的内容の1つである「どんな局面で Esc し、どんな局面で Esc しないか」ということが定まりました。また、副次的に(実際はこちらが主目的ですが)「更新を意識する局面を増やすことで、本当に更新が懸かった局面の緊張を和らげる」という効果が期待できることになりました。

 

7. ペース感の把握と調整

(この章と次の章が一番のポイントですが、若干分かりにくい部分かもしれません。タイプウェルの極意だと思って日々実践していることですが、きちんと言語化するのが初めてだからです。まずは一読していただき、最後の「まとめ」にも目を通してから、再読してみて頂ければ幸いです。)


前章にて、「各行の終了時の目標タイム」を計算することができましたが、実際に更新が発生するためには、その目標を達成する確率を高めていくことが必要です。(6章で書いたEsc戦略だけでも僅かに更新に近付くとは思いますが、流石にそれは小手先に過ぎません。)

 

目標を達成する確率を高めるためには、どうすればいいでしょうか? 恐らく、以下2つのうち、どちらかの考えがすぐ浮かぶのではないでしょうか。「そりゃ、速くキーを打つしかないのでは」という考えと、「そりゃ、安定性を高めるしかないのでは」という考えです。まあ、どちらも間違いではないわけですが、極限期に採用する方針ではないでしょう。それで済むなら、もうとっくの昔に更新できてるはずですから。

 

となると、やはり「どのくらい早く打ち、どのくらいの安定性を目指すか」という「絶妙なさじ加減」というか、「いい塩梅」というか、とにかくそんなようなものが重要です。ペース感によって記録の出しやすさは絶対に変わるはずですから、「絶妙にそれなりの速度で、絶妙にそれなりの安定性」というペース感があるはずなのです。ここのところ、もう少し掘り下げてみましょう。


・さじ加減って? そもそも全力で打てばいいのでは?

絶妙なさじ加減というと、どういうことでしょうか。「23.800秒ペースだと少し早すぎるから…… 23.810秒ペースで打つ!」ということでしょうか。これは明らかに的外れっぽいことが分かります。何故か? それは、ワードによって、またワードの組み合わせによって、適切なさじ加減は異なるから、平均速度を考えても現実的ではないためです。

 

また、「えっ…… てかペース感とかさじ加減とかじゃなくて、そもそも全力で打ってますけど……」と思った人も多いかもしれません。実は、タイプウェルにおいて全力というのは現実的ではありません本当に全力で打っているのかどうか、今から試してみましょう。


例えば、「猿も木から落ちる_転ばぬ先の杖_災い転じて福となす_問答無用_触らぬ神に祟りなし」というワードセットがあったとします。ここで、普段ならどんなペースで打つか、実際に指を動かして、試してみてください。もちろん、ワード慣れするために、何度か打ってみて、ある程度理想に近いような打ち方まで持っていってください。

それができたと仮定します。そこから、更に速度を上げようと思ったら、実はもう少し上げられませんか? 難しければ、部分的にでもいいです。例えば「問答」の部分だけに意識を割いたら、そこだけはもう少し早く打てませんか? もう一度本気で指を動かしてみてください。もちろん、今、安定性のことは考えなくていいです。

 

どうでしょうか? もしこれで速度が上がったのなら、やはり無意識的にペースを抑えているのです。また、速度を上げようとしてミスが出て詰まってしまったという人も、やはり普段は「ギリギリ詰まらないライン」まで、無意識的にペースを抑えていると考えられます。

 


次に進みます。


今度は、先程の5つのワードを、それぞれ別個に何度か打ってみてください。その際、どの文字(アルファベット)をどんな速度で打鍵しているか、よく感じながら打ってください

 

どうですか? ワード毎に意外なほどの変化があったのではないでしょうか。また、一つのワード内でも、かなり速度に変化があり、極端に遅い部分がいくつかあるのではないでしょうか。例えば自分の場合はいわゆる標準運指なので、「災い」「u無用」「触らぬ」「祟r」辺りはかなり遅いです。

 

こうして遅い部分が見つかったら、その付近のペースがどうなっているかを意識しながら、更に何度か打ってみてください。例えば「触らぬ」が遅いとして、「神に」の部分はちゃんと即座に加速して打てていますか? 「触らぬ」のペース感に引っ張られて、大して加速できていなかったりしないですか? その後、「祟r」ではどの程度減速していましたか? その後の「iなし」は、かなりの加速打鍵列だと思いますが、ほぼノータイムに近いペースで打てていましたか?

 

まず間違いなく、どこかの部分で(突き詰めればほとんど全てに近い部分で)、「本来ならもっと加速できていたはずの箇所」=「無意識にペースを落としている箇所」=「甘え」(?)が見つかったのではないでしょうか。このように、打鍵をできるだけ細かく分けていって、それぞれの部分に発生している「甘え」(?)を探っていくような感覚を、まず理解してください。全力で打っているつもりでも、実際は指のポテンシャルを全て引き出している状態には程遠く、無意識的なペース調整が行われてしまっているので、それを少し意識してみるということです。

 


さて、ここまで来て、ペースという言葉の意味が明確になってきました。私は、「ペース」という言葉を、かなりミクロな単位まで考慮して使おうとしています。ペースはワード単位で異なるのはもちろん、ワード(及びワードとワードを繋ぐスペース)の中に含まれる打鍵列単位でも異なります。


・とにかく甘えをなくして、常に最速を目指せばいいか?

では、先ほど見つかった「無意識にペースを落としている箇所」=「甘え」(?)を、どのように捉えればいいでしょうか。今回の記事の趣旨は、その甘え(?)を極限まで削ること…… ではありません。それができれば確かに最強でしょうけれども、それは理想論というか、机上の空論です。少し考えてみると、実現不可能であることがなんとなく分かると思います。

 

(一応、なぜ理想論に過ぎないかについて、私見を書いておくと、このように全てのワードを細かい打鍵列に分割して意識的に甘えを排除するような緻密な打ち方は、極度に組立処理の負荷(「脳がするべき処理」と言い換えてもらってもいいです)が増すため、脳がリソース不足に陥って、先読みが不足したり、ミスからのリカバリーができなくなって自滅するからです。タイプウェルを徹底的にやり込んでいて、かつ、組立処理の負荷が比較的軽いはずの標準運指を採用している自分が大してできていないことなので、恐らく誰もできないでしょう。

 これはタイプウェルの「ランダムなワード列を連続して打っていく」「ある程度の長さ(400打)がある」という競技特性によるものです。e-typing や Weather Typing であれば話は変わって、やり込みが極まると指の運動能力を限界近くまで引き出すことが目標となるかもしれません。)


・そこで、さじ加減

甘えをなくすのが無理であれば、何故こんな話を持ち出したのか? それは、結論から言うと、「甘えをなくすことはできないが、ある程度意識的に調整する」というのが目標だからです。適度に甘えて、適度に甘えを排除するという感じです。その「適度」が、さじ加減です。もちろん、さじ加減はワード(及びワードに含まれる細かい打鍵列)によって異なるので、それぞれに調整していくことになります。

 

もちろん、実際に打っている最中に頭で考えて調整するのはかなり難しい(ある程度は微調整してますけど)ので、この場合の「調整」というのは、事後的かつ長期的な調整です。事後的とはどういうことかというと、例えばトライアルのどこかで詰まってしまった時に、「ここはもう少し丁寧に打つべきだったかな?」などと考えて、自分が適切だと考えるペース感を意識して、数回打ち直します。また、「ここはもう少し速く打てたんじゃないか?」などと考えて、どの程度までなら安定して打ちこなせそうか、数回打ち直して探ります。こうしていく中で、長期的には、無意識的と意識的の中間ぐらいの感覚で、ある程度緻密なペース調整ができるようになっていきます。

 

ちなみに、この時、「ワード単体をギリギリ打ちこなせるか打ちこなせないか」というギリギリのペースを目指すべきではありません。「他の色々なワードと組み合わさって出てきたときに、それなりには安定してギリギリ打ちこなせそうな限界のライン」をよく見極めて何度か打ち、そのペース感を指と脳に染み込ませるよう意識します。更に、「『ギリギリ』打ちこなせるライン」を目指すべきである、ということにも注意してください。20回打って20回打ちこなせるようだと、タイプウェルのペース感としては少し遅すぎです。2〜6ヶ月の長期スパンで最大限の更新を目指しているわけですから、ある程度の確率で詰まりかねないような(20回やれば1回程度は詰まりかねないような)速めのペースが理想でしょう。

 


このように、どんなワード(や打鍵列)で、どの程度攻める(=速く打つ)か、どの程度守る(=遅く打つ)か、ということを考え、最も更新の可能性が上がるように、うまいこと調整し、そのペース感を指と脳に染み込ませることを目指すというのが今回の記事の本質です。

 

この考え方に慣れない内は、絵に描いた餅というか、こんなペース調整なんてできるか? と思うかもしれません。実際、完璧にできる類のものではなくて、「だんだんと近づけていく」という類のものだと思ってください。何ヶ月かかけて、こういったことを考えて調整しながら打ち続けていき、「加速すべき部分で自然に加速し、我慢すべきところで自然に我慢し、通常時は自然に自己べペースを維持する」という状態へとジワジワと近づけていくイメージです。


8. ワード毎のアドとディスアドの把握

ここまでで、この記事で示したい「更新戦略」の本質的部分は終わりですが、それを実践しようとすると、「ワード(や打鍵列)毎の最適なペース感って、そもそもどうやって見つけるのかな?」という疑問が湧くのではないかと思います。これは、5章(「更新がありえる状態」の話)を活用することがコツです。

 

5章では、自分の目指すタイムから、各ラップでの目標タイムを定めました。また、それを実行していくと、常に「今、更新がありえる状態かどうか」を意識しながら打っていくことになります。それを繰り返していくと、ペース把握(今自分がどの程度のペースで打っているかの把握)の感覚が鋭敏になっていきます。絶対音感的なペース感覚ではなく、常に目標タイムを意識しているからこそ把握できる、目標タイムに対してどの程度先を行っているか(もしくは遅れているか)という、相対音感的なペース感覚です。まずはこの感覚を構築できて、やっと更新の下地が整ってきたというところです。

 

これができてくると、ワード(や打鍵列)単位で最適なペース感を考えるとき、「この部分をこのぐらいのペースで打てれば、どの程度アド(目標タイムに対して短縮できる量)を取れるか」もしくは「この部分をこのぐらいのペースで打つと、どの程度ディスアド(目標タイムに対して遅れをとる量)となってしまうか」を大雑把に把握できます。そのアド・ディスアドの量と、そのペースで打つ場合の詰まりリスクを勘案して、ワード(や打鍵列)毎の押し引きを考えます。もちろん、すぐには理想的な形にならないので、数週間〜数ヶ月かけて微調整を重ね続けることになります。

 

(こうして文章にするとかなり緻密な感じですが、実際に打っている最中はかなり緩くて、「目に入ったワードがどの程度の加速ワードか(どの程度の減速ワードか)なんとなく無意識的に分かり、どの程度のペース感に変えていけばいいかなんとなく無意識的に分かる」という程度です。これで十分役に立ちますし、これを身につけるだけでもかなり大変です。)

 

9. 先読みなどを含めた全体的なバランス調整

最後に、この記事の内容を実践しようとして下さった方がいたとして、つまずきそうな部分について書いておきます。今回のようにペースについて考えるとき、それは「先読み」とかなり密接に関わっており、そこが難しい課題なので、その話をします。

 

ペース自体はワードを認識してから無意識的に決めるものですが、そのペースに強く影響する「先読みの速度」というのはワードを認識する前に無意識的に決まっているものですから、「打つべき理想のペース感」と「実際に先読みするペース」の間には乖離があります

 具体的には、打つペースを遅らせた時には先読みが先行しすぎ、打つペースを速めた時には先読みが打鍵に追いつかれていきます。よって、ペース感をコントロールしようとしていくと、先読みのリズムとの乖離により、認識がうまくいかなくなったり、認識が遅れることで打鍵の組立が疎かになったりして、それに起因する詰まりが発生することが多々あります。

 

こういった場合に、「詰まってしまったから速度を落とさないと」と考えてはいけません。打鍵が間に合わないので詰まってしまう場合はペースを落とすしか解決策が無い(打鍵を改善できるなら当然それでもいい)ですが、先読みのリズムが崩れてしまったことによる場合は、粘り強く先読みのペース感を調整すれば改善します。

 


つまり、まとめると、打つべきペース感をしっかりと定めても、それに合わせて先読みのペース感もある程度コントロールできるようにならないと、実際には打ちこなせないということです。これは、しっかりやるのは難しいのですが、大雑把にいえば「減速ワードが来たら先読みも遅らせ、加速ワードが来たら先読みを速める」ということですから、できる範囲でやっていけばいいです。


10. まとめ

色々と乱雑に書いてしまったので、「自分が更新を目指すときにどういう手順を踏んでいるか」という観点から、記事の内容をまとめます。カッコ内に書いてある期間は、その手順にどのぐらいかかるかを示します(ただし、練習の中で微調整していく過程は期間に含めていません。)

 

  • (事前準備)地力上げ、ワード慣れをして、あーギリギリ更新いけるかもわからんねというところまで持っていきます。
  • (覚悟を決める:数日〜数ヶ月)何が何でも打ち続けて更新するんだという覚悟を決めます(これがないと今回の記事のような長期的な微調整は無理)
  • (目標ラップタイム草案の作成:30分)自己べから逆算して、各ラップ終了時にどのぐらいのタイムを目指せばいいかを考えます
  • (インジケータなどを用いたEsc戦略の作成:数十分〜1日)インジケータの設定をいじって、目標ラップタイムとの差をできるだけ無理なく管理できるようにし、「更新がありえる状態」「ありえない状態」を区別できるようにする

 

〜〜これ以降は、トライアルを繰り返しながら並行していくイメージ〜〜

 

  • (目標ラップタイムとの乖離度合いが分かるようにする:1週間〜1ヶ月)目標ラップタイムをペースメーカーとして、今どの程度目標から離れているか大雑把に把握できるようにする(これがないとワード毎のアドとディスアドを計りづらい)
  • (ワードや打鍵列毎に、どの程度のリスクを許容してどの程度のアド・ディスアドを目指すかというさじ加減を微調整し、指と脳に染み込ませていく:2ヶ月〜無限)結局はこれが一番やりたいことです。これをとにかく延々やり続けることで、少しずつ「自然と更新が出る打鍵」に近づいていき、あとは無心で打ち続けていく中でいつか更新がコロンと転がり落ちてきます(という気持ちでトライアルを重ねます。)

 

11. 次回予告

いかがでしたか? あんまり特別なことではなくて、結局タイプウェルは超超長期戦なので、コツコツ理想の打鍵に近付けましょう」という話でした。とはいえ、私はこれがタイプウェルの極意だと思っています。ぜひ参考にしてみてください。

 

次回(12/14)のタイパーアドカレ2020は、かり〜さんによる「タイパーインタビュー記事(のんさん)」の予定とのことです。のんさんは、RTC2018で4位(私は5位タイでした)の実績を残し、WTのような短文形式だけでなくタイプウェルでもかなりの記録を持つ実力派タイパーです。私もインタビュー記事を読むのが楽しみです。みなさんも、ぜひお楽しみに!